一人親方が初めて人を雇うとき|10日以内に出す届が2つある
「来月から手伝ってもらうことにしたよ」。現場の帰りにそう聞いて、では何から始めるのかと尋ねたら、返ってきたのは「給料の額だけ決めた」でした。人をひとり入れる日から、10日という短い期限が2つ、同時に走り始めます。
結論からお伝えすると、初めて人を雇うときにいちばん先に来るのは、労働保険と雇用保険の届出です。どちらも10日以内。しかも起算日の書き方が2つの条文で違います。そのあとに税務署が1か月、帳簿が3つ、そして労災の特別加入の入口が変わります。順に開きます。

10日以内が2つ。しかも数え方が違う
1つ目は労働保険です。労働保険の保険料の徴収等に関する法律4条の2第1項は、保険関係が成立した事業の事業主は「その成立した日から十日以内に」成立した日、事業主の氏名または名称および住所、事業の種類、事業の行われる場所などを政府に届け出なければならない、としています。労働者をひとりでも使えば、その日に保険関係が成立します。
2つ目は雇用保険です。雇用保険法施行規則141条1項は、事業所を設置したときは、登記事項証明書・賃金台帳・労働者名簿などを添えて「その設置……の日の翌日から起算して十日以内に」事業所の所在地を管轄する公共職業安定所の長へ提出しなければならない、と書いています。
並べると分かります。徴収法は「その成立した日から」、雇用保険法施行規則は「その設置の日の翌日から起算して」。同じ10日でも、条文の数え方が1日ずれています。どちらも短いので、初日を含む側に合わせて動くのが安全です。
なお雇用保険の届書は、健康保険・厚生年金の新規適用届や労働保険の成立届と一緒に出す場合、労働基準監督署長または年金事務所を経由して提出できます(同141条3項1号)。窓口を1つ減らせる条文です。
(出典:e-Gov法令検索「労働保険の保険料の徴収等に関する法律」4条の2、「雇用保険法施行規則」141条/2026年9月5日時点の現行条文)
税務署は1か月。納期の特例は同時に出す
所得税法230条は、給与等の支払事務を取り扱う事務所を設けた者は「その事実があつた日から一月以内に」届出書を税務署長に提出しなければならないとしています。給与を払う立場になったという届出です。
あわせて考えるのが所得税法216条の納期の特例です。給与の支払を受ける者が常時10人未満の事務所は、税務署長の承認を受ければ、1月から6月までに徴収した源泉所得税を7月10日までに、7月から12月までの分を翌年1月20日までに納付できます。承認がなければ毎月10日が期限です。ひとり雇っただけで毎月の納付が始まるので、開設の届出と同時に出しておくほうが後が楽です。
(出典:e-Gov法令検索「所得税法」230条・216条/2026年9月5日時点の現行条文)
労災の特別加入は続けられるのか?
これがいちばん誤解の多いところです。労災保険法33条3号の一人親方等は「労働者を使用しないで……事業を行うことを常態とする者」で、人を雇えば外れるように読めます。
ところが厚生労働省の「特別加入制度のしおり(一人親方その他の自営業者用)」には、範囲の説明のすぐ下にこう書かれています。「労働者を使用する場合であっても、労働者を使用する日の合計が1年間に100日に満たないときには、一人親方等として特別加入することができます」。
つまり線は「雇ったかどうか」ではなく「使用した日数の年間合計が100日に届くかどうか」です。応援を月に5日ずつ頼む形なら年60日で、一人親方等のまま。週2日で年104日なら、中小事業主等の側へ移ることになります。日数は数えておかないと後から分かりません。
100日に届く見込みなら、労災の入口は中小事業主等(33条1号)に変わり、労働保険事務組合への事務委託が加入の条件になります。この切り替わりは一人親方と個人事業主は何が違うのかで条文ごとに整理しています。
(出典:厚生労働省「特別加入制度のしおり(一人親方その他の自営業者用)」、e-Gov法令検索「労働者災害補償保険法」33条/2026年9月5日時点)
帳簿が3つ増える。保存は当分の間3年
労働基準法が事業場ごとに求めているのは次の3つです。
- 労働者名簿(107条)。氏名、生年月日、履歴その他厚生労働省令で定める事項を記入し、変更があれば遅滞なく訂正する。日々雇い入れられる者は除く
- 賃金台帳(108条)。賃金計算の基礎となる事項と賃金の額を、賃金支払の都度、遅滞なく記入する
- 出勤簿など労働時間の記録。109条が「雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類」として保存を求めている
保存年数には仕掛けがあります。109条の本文は「五年間」ですが、附則ではなく本則の143条1項が「第百九条の規定の適用については、当分の間、同条中『五年間』とあるのは、『三年間』とする」と読み替えています。いま守るべきは3年です。5年と書いてある解説と3年と書いてある解説が混在しているのは、この読み替えのためです。
(出典:e-Gov法令検索「労働基準法」107条・108条・109条・143条/2026年9月5日時点の現行条文)
働いてもらう前に、紙で渡すもの
労働基準法15条1項の労働条件の明示です。中身を並べているのが同法施行規則5条で、書面で渡さなければならないものは、契約期間、就業の場所および従事すべき業務、始業・終業の時刻や休憩・休日、賃金の決定と計算・支払の方法と締切・支払の時期、退職に関する事項(解雇の事由を含む)です。
ここで見落としやすいのが1号の3で、就業の場所と従事すべき業務について「変更の範囲を含む」と書かれています。現場が毎回変わる仕事なので、1つの現場名だけを書くと足りません。どこまでの範囲で動いてもらうのかを、最初の紙に書いておくことになります。有期で採るなら、更新する場合の基準と、通算契約期間または更新回数の上限も1号の2で必要です。
給与の締めと支払日をどう書くかは職人の給料はなぜ翌月払いなのか、求人票との対応は職人の求人票で見る5項目が対になります。
(出典:e-Gov法令検索「労働基準法」15条、「労働基準法施行規則」5条/2026年9月5日時点の現行条文)

人を雇うと、助成金の棚が変わる
2026年9月4日、厚生労働省と国土交通省が「建設業の人材確保・育成に向けて(令和9年度予算概算要求の概要)」を同時発表しました。ここを読むと、国の予算が事業主向けの棚と、一人親方向けの棚に分かれていることがはっきり分かります。
事業主向けの中心は「建設事業主等に対する助成金による支援」で、要求額は73億円(令和8年度当初予算額は71億円)。資料には「雇用管理改善や人材育成に取り組む中小建設事業主等に経費や賃金の一部を助成する」とあり、人材確保等支援助成金、人材開発支援助成金、トライアル雇用助成金の3つが挙がっています。拡充の中身も具体的で、人材開発支援助成金(建設労働者技能実習コース)について、建設キャリアアップシステムのカード登録者の場合は賃金助成額を1.1倍にする措置を令和9年度末まで延長すること、一部の資格試験の受験費用を経費助成の対象とすることが書かれています。
一方、一人親方に向いている予算は性格が違います。個人事業者等の安全衛生確保支援事業が1.7億円、労災保険特別加入制度の周知広報等事業が29百万円。お金を渡す制度ではなく、安全衛生教育と周知の予算です。ひとりで働いているうちは雇用の助成金の入口に立てない、という話は一人親方が使える補助金・助成金にも書きましたが、その構造が予算の並びにそのまま出ています。
注意点を1つ。これは概算要求で、各省が財務省へ「これだけ要ります」と出した段階の数字です。金額も中身も、予算が成立するまで確定しません。制度を当てにして採用を決めるのではなく、採用を決めたあとに使える制度を探す順番にしてください。人手が足りない状況は発注する側からも同じように見えていて、大家が工期を延ばされたときに聞くことに工種ごとの過不足が出ています。
(出典:厚生労働省・国土交通省「建設業の人材確保・育成に向けて(令和9年度予算概算要求の概要)」2026年9月4日公表)
まとめ
- 労働保険の成立届は「成立した日から10日以内」、雇用保険の設置届は「設置の日の翌日から起算して10日以内」。数え方が1日違う
- 給与支払事務所等の開設届は1か月以内。納期の特例は常時10人未満で、7月10日と翌年1月20日の年2回になる
- 労災の特別加入の線は「雇ったかどうか」ではなく使用した日数の年間合計が100日に届くか
- 労働者名簿・賃金台帳・労働関係の重要書類。保存は143条1項の読み替えで当分の間3年
- 労働条件の明示では、就業の場所と業務の変更の範囲まで書く(施行規則5条1号の3)
- 建設事業主等への助成金は令和9年度概算要求で73億円。ただし要求段階の数字
労働保険や税の扱いは、働き方や契約の実態によって判断が変わります。この記事は条文と公表資料の本文を示したもので、個別の手続きは所轄の労働基準監督署、公共職業安定所、税務署に確認してください。初めてひとり入れたときに何でつまずいたかは、相談・雑談のフォーラムで名前を出さずに聞けます。


