一人親方が「法人でないと出せない」と言われたとき|条文に法人格の条件はない

元請けの担当者から「うちは今後、法人さんとしか取引しない方針になりまして」と電話で言われた。理由を聞くと「本社が決めたことなので」で話が終わった。独立して数年の一人親方から、この形の相談がときどき出ます。

結論からお伝えすると、建設業の法令に「法人でなければ工事を請け負えない」という条文はありません。許可も、保険も、番号も、個人事業のままで揃います。ただし相手が本当に見ているものは別のところにあり、そこを直さずに法人だけ作ると、かえって元請けの指導対象に近づくことがあります。順に開きます。

元請けが作業員名簿で指導の対象とする3つの記載を並べた図

建設業の許可に「法人であること」は入っていない

建設業法3条1項は「建設業を営もうとする者は、次に掲げる区分により……許可を受けなければならない」と書いています。主語は「者」で、法人と個人を分けていません。許可の基準を並べた7条にも、経営業務の管理を適正に行う能力、専任技術者、誠実性、財産的基礎の4つはありますが、法人格はどこにも出てきません。

個人事業のままでも許可番号は出ますし、名刺にも請求書にも書けます。金額の境目そのものは建設業許可は取るべきか|必要になる金額の境目にまとめています。

(出典:e-Gov法令検索「建設業法」3条・7条/2026年9月5日時点の現行条文)

相手が見ているのは、たいてい作業員名簿の保険欄

国土交通省の「社会保険の加入に関する下請指導ガイドライン」は、平成29年度以降、元請企業に対して次の取扱いを求めています。「適切な保険に加入していることを確認できない作業員について、特段の理由がない限り現場入場を認めない取扱いを徹底すべきである」。

ここでいう「特段の理由」は、ガイドラインが3つだけ挙げています。

  • 伝統建築の修繕など、その作業員の特殊な技能がなければ施工が困難な場合
  • 社会保険への加入手続き中で、今後確実に加入することが見込まれる場合
  • 災害時等の緊急対応で、円滑な施工に著しい支障が生じる懸念がある場合

「腕がいいから」は入っていません。現場に入れるかどうかの線は、法人か個人かではなく、保険の欄が埋まっているかどうかに引かれています。

法人にすると、国保と国民年金のままでは通らなくなる

ここが逆転しているところです。ガイドラインは、元請企業が下請企業に指導すべき作業員として、次の3つを名指ししています。

  1. 全部または一部の保険について空欄となっている作業員
  2. 法人に所属する作業員で、健康保険欄に「国民健康保険」と記載され、または年金保険欄に「国民年金」と記載されている者
  3. 個人事業所で5人以上の作業員が記載された作業員名簿において、同じ記載がある作業員

2番目を読んでください。個人事業で従業員が4人以下なら、国民健康保険と国民年金のままでも名簿は通ります。ところが法人にした瞬間、代表者ひとりであっても、健康保険と厚生年金でなければ指導の対象になります。

つまり「法人にしてくれ」と言われて登記だけ済ませると、社会保険に入って保険料を払い始めるまでの間、元請けの手元では状態がむしろ悪くなります。会社の形と保険は、セットで動かすものです。

(出典:国土交通省「社会保険の加入に関する下請指導ガイドライン」令和7年12月10日より適用の改訂版)

法人にしても、取引の法律の扱いは1つも変わらない

「法人のほうが取引で強い」と言われることがありますが、取引の法律の側では変わりません。いわゆるフリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)2条1項は、保護の対象をこう定義しています。

  • 1号 個人であって、従業員を使用しないもの
  • 2号 法人であって、一の代表者以外に他の役員がなく、かつ、従業員を使用しないもの

2号があるので、ひとりで法人を作っても「特定受託事業者」のままです。相手が負う義務も同じで、業務委託をしたら直ちに給付の内容・報酬の額・支払期日などを書面か電磁的方法で明示すること(3条1項)、報酬は給付を受領した日から起算して60日以内のできる限り短い期間内に支払うこと(4条1項)、元請けからの仕事を再委託する形なら元委託支払期日から起算して30日以内(同3項)。法人にして増える義務も、減る義務もありません。

呼び名がどの法律のものかは一人親方と個人事業主は何が違うのかで整理しています。

(出典:e-Gov法令検索「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」2条・3条・4条/2026年9月5日時点の現行条文)

「経験年数3年未満」は、相手の疑いのリストに載っている

同じガイドラインには、実態が雇用労働者であるにもかかわらず一人親方として仕事をさせていることが疑われる例として、次の3つが挙がっています。

  • ア 年齢が10代の技能者で一人親方として扱われているもの
  • イ 経験年数が3年未満の技能者で一人親方として扱われているもの
  • ウ 働き方自己診断チェックリストで確認した結果、雇用労働者に当てはまる働き方をしているもの

アとイについては「未熟な技能者の処遇改善や技能向上の観点からひとまずは雇用関係へ誘導していく方針とする」と書かれています。独立して2年目の人が断られたとき、理由が「法人でないから」ではなく、実はこのイであることがあります。ウの働き方の中身は一人親方が常用で入るときの拘束時間と残業で扱っています。

個人事業と法人で作業員名簿の保険欄がどう変わるかを比べた図

断られたとき、何を聞けばいいのか?

「法人化」は条文の要求ではなく相手の社内の決めごとなので、理由を聞けば必ず何かが出てきます。次の4つを、この順で聞いてください。

  1. 現場入場の条件として、何を確認していますか(保険か、許可か、建設キャリアアップシステムか)
  2. 作業員名簿の保険欄は、どの記載なら通りますか
  3. それは御社の規程ですか、それとも発注者からの要請ですか
  4. いま足りていないのは、どれですか

4つ目まで聞くと、たいてい「保険」か「番号」のどちらかに落ちます。そこが分かれば、法人を作らずに直せることが多いはずです。初めての元請けと組む前に見る項目は一人親方がはじめての元請けと組む前に確認する5つにまとめました。発注する側が見積書の何を見ているかは原状回復の見積りが「一式」で来たらが参考になります。

まとめ

  • 建設業法3条1項の主語は「建設業を営もうとする者」。7条の許可の基準にも法人格は入っていない
  • 現場入場の線は「適切な保険」。特段の理由は3つだけで、腕の良さは入っていない
  • 個人事業で4人以下なら国保・国民年金のままで作業員名簿は通る。法人にすると1人でも健康保険・厚生年金でなければ指導の対象
  • ひとりで法人を作ってもフリーランス法2条1項2号の特定受託事業者のまま。相手の義務は変わらない
  • 経験年数3年未満は、ガイドラインが「雇用関係へ誘導」と書いている側にいる

社会保険や許可の扱いは、契約の形ではなく働き方の実態で判断が変わります。この記事は条文とガイドラインの本文を示したもので、個別の可否は所轄の労働基準監督署、年金事務所、都道府県の建設業許可担当窓口に確認してください。同じことを言われた人がどう答えたかは、相談・雑談のフォーラムに名前を出さずに書き込めます。

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