屋号の口座を作るときに聞かれること|3つとも銀行ではなく法律が決めています
結論からお伝えすると、屋号の口座を作るときに聞かれることは、銀行が決めているのではなく法律が3つ決めています。犯罪による収益の移転防止に関する法律4条1項です。本人特定事項、取引を行う目的、そして職業。窓口の人が思いつきで聞いているわけではありません。
「口座を作るだけなのに、なんで職業まで書かせるんだ」と感じる場面があります。あの3つは断れません。断れないだけでなく、嘘を答えると法律違反になる側の項目が混ざっています。

口座開設は、条文の上では「特定取引」
犯収法の別表は、銀行や信用金庫など同法2条2項1号から38号までの事業者について、確認が必要な取引を「預貯金契約(預金又は貯金の受入れを内容とする契約をいう。)の締結、為替取引その他の政令で定める取引」と定めています。口座をひとつ作ることが、そのまま条文のいう特定取引です。
そこで4条1項が求めるのが次の3つ(法人の場合は4つ目が加わります)。
- 本人特定事項=自然人なら「氏名、住居及び生年月日」
- 取引を行う目的
- 職業(顧客が法人なら「事業の内容」)
屋号は、条文のどこにも出てこない
ここが屋号の口座でいちばん引っかかるところです。自然人の本人特定事項は氏名・住居・生年月日の3点だけと条文が書き切っています。屋号は入っていません。
だから屋号だけを名義にした口座というものを、この法律は想定していません。実際に作れるのは「屋号+個人名」を並べた名義で、確認されているのはあくまで本人の氏名・住居・生年月日のほうです。屋号は名義の飾りではなく、本人の名前に付いてくる表示だと考えると、窓口のやりとりが読めます。
屋号そのものの決め方や、登記が要るのかという論点は一人親方の屋号の決め方|登記は要るのか、請求書と公表サイトに何を書くかにまとめています。

職業と目的は「申告を受ける方法」だけでよい
通説がずれているのはここです。屋号の口座を作るには開業届の控えや請求書が要る、と言われることがあります。犯収法の側は、そこまで求めていません。
同法施行規則10条1号は、自然人の職業の確認方法を「当該顧客等又はその代表者等から申告を受ける方法」と定めています。9条の「取引を行う目的」も同じく申告だけです。個人事業主の職業と目的は、口で言えば条文の要件を満たします。
これが法人になると変わります。同規則10条2号は、法人の事業の内容について定款、登記事項証明書、官公庁から発行された書類のいずれかを確認する方法と書いていて、書類が名指しされています。個人と法人で条文上の重さが違うわけです。
では開業届の控えを求められるのはなぜか。それは取引時確認の要件ではなく、屋号を名義に入れてよいかを各金融機関が自分の基準で見ているからです。条文に根拠がない以上、求める書類は金融機関ごとに違います。断られたら「条文違反」ではなく「その銀行の基準に合わなかった」ということなので、別の金融機関で通ることがあります。
本人確認書類は、写真があるかどうかで枚数が変わる
本人特定事項の確認方法は同規則6条1項1号に並んでいます。ざっくり分けると次のとおりです。
- 写真付き本人確認書類(運転免許証など)を提示すると、それ1点で済む方法
- 写真のない書類を提示し、住居あてに転送不要郵便で通帳などを送ってもらう方法
- 写真のない書類を2点提示する方法
- 事業者のアプリで顔と写真付き書類を撮って送る方法
4つ目がいわゆるオンライン完結です。条文では「当該顧客等の容貌及び写真付き本人確認書類の画像情報」と書かれていて、書類の厚みその他の特徴を確認できるものであることまで要求されています。斜めから撮らされるのは、条文が厚みを見ろと書いているからです。
偽ると、どこまでが法律違反になるのか
4条6項は顧客の側を名指ししています。「顧客等及び代表者等は、特定事業者が……取引時確認を行う場合において、当該特定事業者に対して、当該取引時確認に係る事項を偽ってはならない。」
そのうえで25条が罰則を置いています。本人特定事項を隠蔽する目的で4条6項に違反したときは、3年以下の拘禁刑もしくは500万円以下の罰金、またはその併科です。
読むときに注意したいのは、この罰則がかかるのは「本人特定事項を隠蔽する目的」の場合に限られていることです。氏名や住居をごまかす行為が対象で、職業欄の書き方が少し雑だったという話とは別の条文です。ただし4条6項の「偽ってはならない」自体は3項目すべてにかかります。
もうひとつ。同法26条は、他人になりすまして預貯金契約の役務を受ける目的で通帳やカードを譲り受けることを、同じく3年以下の拘禁刑もしくは500万円以下の罰金としています。「屋号の口座を貸してほしい」と持ちかけられたら、そこは条文が犯罪と書いている領域です。
同じ銀行に個人の口座があるとき
4条3項は、すでに取引時確認をして確認記録を作成・保存している顧客との取引については、1項を適用しないと定めています(政令で定める取引に限る、という条件付きです)。給与の受取口座を持っている銀行で屋号の口座を作ると手続きが軽くなることがあるのは、この条文が効いている場面があるためです。
なお、事業用の口座を分けること自体は法律の義務ではありません。その理由は一人親方が事業用の口座とカードを分ける理由|法律の義務ではないのに、なぜ分けるのかで扱っています。納税地や事業所の考え方は一人親方の事業所は自宅でいいのか|納税地は住所地が原則、公表されるのは法人だけを見てください。
窓口へ行く前に、氏名・住居・生年月日が一致した本人確認書類、口座の使いみち、そして自分の職業をどう名乗るか。この3つを決めておけば、聞かれることは条文の範囲で終わります。
どの金融機関が屋号名義に厳しかったかといった実地の話は相談・雑談の掲示板でも交わされています。


