契約書を交わさずに受けた工事はどうなるか|一人親方が民法632条で押さえる3点
結論からお伝えすると、契約書を交わさなくても、その工事の契約は成立しています。民法632条の請負は、約束した時点で効力が生じる契約だからです。だから「契約書がないから代金を請求できない」は誤りです。本当の問題は別のところにあります——いくらで、いつまでに、いつ払ってもらう約束だったのかを、あとから示せないことです。
「金額は現場見てから決めよう」で始まった工事。3日で終わって、電話で「12万でお願いします」と言った。1か月後、振り込まれていたのは9万8千円。理由を聞いたら「そんな金額で受けた覚えはない」。このとき、こちらの手元に何が残っているかで、話の続き方がまったく変わります。

契約は、口頭でも成立している
民法632条は請負をこう定義しています——「請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる」(出典:e-Gov法令検索・民法/2026年8月31日時点の現行条文)。
条文に「書面によって」とは書かれていません。約束した瞬間に契約は成立します。 現場で「これ、やっといて」「はい」だけでも請負契約です。したがって工事を完成させた以上、報酬請求権はあります。
そして民法633条は、報酬は「仕事の目的物の引渡しと同時に、支払わなければならない」と定めています。これが法律の原則です。 「うちは末締めの翌々月払いだから」というのは、その原則を当事者の合意で変えているにすぎません。合意していないなら、原則は引渡しと同時払いです。ここを知っているだけで、支払サイトの話は交渉ごとになります(実際に払われないときに動く順番は支払いの遅い元請けに動く順番にまとめています)。
では、何が問題なのか
成立している契約の中身が特定できないことです。上の例で言えば、12万円で合意したという事実を、こちらが示さなければなりません。示せなければ、相手の言う9万8千円が事実として通ってしまいます。
建設業法19条1項が16項目もの記載事項を並べているのは、まさにここを潰すためです。工事内容、請負代金の額、着手と完成の時期、設計変更があったときの代金の変更方法、天災で工期が延びたときの負担、第三者に損害を与えたときの賠償の負担、代金の支払時期と方法——揉める場所が、そのまま条文の項目になっています。
書面を作る義務は、受ける側にもある
ここは取り違えている人が多いところです。建設業法19条1項の主語は「建設工事の請負契約の当事者」で、しかも「署名又は記名押印をして相互に交付しなければならない」と書かれています。
元請けが用意してくれるのを待つ立場ではありません。 受ける側にも義務があり、しかも片方が持っているだけでは足りず、両方が持っている状態にしなければならない、という条文です。「元請けが出してこないから無い」は、こちら側の不履行でもあります。
あわせて、許可の有無も関係ありません。この点ははじめての元請けと組む前に確認する5つで扱っているので、そちらを見てください。
「業務委託契約書」なら建設業法は関係ないのか?
関係あります。建設業法24条は、たった1文でこう言い切っています——「委託その他いかなる名義をもつてするかを問わず、報酬を得て建設工事の完成を目的として締結する契約は、建設工事の請負契約とみなして、この法律の規定を適用する」。
つまり、紙の表題が「業務委託契約書」でも「常用契約書」でも「作業委託書」でも、報酬を得て工事を完成させる約束なら、中身は請負契約として建設業法が丸ごとかかります。 19条の書面義務も、19条の3の不当に低い請負代金の禁止も、19条の4の資材の購入強制の禁止も、名義では外せません。
逆に言えば、「これは請負じゃなくて業務委託だから」という説明で不利な条件を通されそうになったら、24条を根拠に押し返せます。名前ではなく、報酬を得て完成を目的とするかどうかで決まります。

紙がないまま始まってしまったとき、何を残すか
理想は契約書ですが、現実には当日の朝に決まる仕事があります。そのときに残すものを、優先順に並べます。
- 金額と工事内容を、文字にして相手に送る。 「本日の◯◯様邸、クロス張替え約30㎡、税込12万円で承ります」の1行をメールかメッセージで送り、相手の返信をもらう。相手の返信がある形が最も強い
- 着手前と完成後の写真を撮る。 施工範囲を争われたときに、範囲そのものの証拠になります(撮り方は見積書の書き方と同じ考え方で、面ごとに撮る)
- 引渡しの日を記録する。 民法633条の支払時期も、遅延の起算点も、引渡し日から数えます
- あとからでも注文請書を出す。 工事が終わってからでも、19条2項は変更内容の書面化を求めています。「今回の分の請書だけ交わさせてください」は不自然な申し出ではありません
1と4は電子でも構いません。 建設業法19条3項が、相手方の承諾を得たうえでの電子的な方法を認めています。
ちなみに、発注する側も同じことで困っています。工事を頼む大家さんが「金額より先に条件を紙で渡す」やり方を取り始めているのは、あとから範囲でもめないためです(相見積もりは金額より先に条件を渡す)。条件を先に文字にしたい動機は、受ける側と発注する側で一致しています。
都合の悪いことも書いておきます
- 19条に違反しても、罰金や懲役はありません。 建設業法28条の指示・営業停止の対象になり得るという形の制裁で、しかも28条1項の対象は原則として許可を受けた建設業者です。無許可で受けている一人親方に対しては、都道府県知事が28条2項で指示できる場面が「公衆に危害を及ぼしたとき」と「請負契約に関し著しく不誠実な行為をしたとき」の2つに絞られています。「元請けを法律違反で通報すれば代金が取れる」という道ではありません
- 書面があっても、相手にお金がなければ入りません。 書面は「いくらの債権があるか」を確定させるだけで、回収そのものは別の話です
- 個別の契約の有効性や、実際に請求できるかどうかの判断は、弁護士や各都道府県の建設業担当窓口、建設工事紛争審査会に確認してください。ここに書いたのは条文の枠組みまでです
まとめ|押さえるのは3つ
- 契約は口頭でも成立している(民法632条)。だから代金は請求できる
- 払う時期の原則は「引渡しと同時」(民法633条)。長い支払サイトは合意があってはじめて成り立つ
- 書面を交わす義務は受ける側にもある(建設業法19条1項)。名義を業務委託に変えても外れない(同24条)
紙を作る目的は、相手を縛ることではありません。3か月後の自分が、何をいくらで約束したかを思い出せるようにしておくことです。争いの大半は、悪意ではなく記憶の食い違いから始まります。


