一人親方が仕事の重なりを断るとき|返事をしないと「受けた」ことになる条文があります
火曜の夕方に「来週の月曜から入れる?」と電話が入り、水曜の朝に別の元請けから「月曜から3日、頼めますか」とメッセージが来る。どちらも長い付き合いで、どちらも断りたくない。とりあえず、返事を週末まで置いた——この「とりあえず置く」が、いちばん危ない手です。
結論からお伝えすると、返事をしないことが「受けた」ことになる条文があります。商法509条です。断る自由はありますが、黙る自由はありません。順番に見ていきます。

黙っていると、承諾したものとみなされる
商法509条は2つの項でできています。
- 1項:商人が平常取引をする者から、その営業の部類に属する契約の申込みを受けたときは、遅滞なく、契約の申込みに対する諾否の通知を発しなければならない
- 2項:前項の通知を発することを怠ったときは、その商人は、同項の契約の申込みを承諾したものとみなす
民法の原則は逆です。民法522条1項で、契約は申込みに対して相手方が承諾をしたときに成立します。黙っていれば成立しない。ところが商法509条は、条件がそろうと結論をひっくり返します。条件は3つです。
- 受け手が商人であること
- 申込んできたのが平常取引をする者であること(初めての相手ではない)
- 申込みがその営業の部類に属すること(いつもやっている工事である)
3つとも当てはまるのが、まさに「重なったとき」の場面です。いつもの元請けから、いつもの工事を、いつもの言い方で頼まれている。だから黙って置くと、あとから「受けたはずだ」と言われる余地が残ります。
ただし、あなたが「商人」でないと、この条文は効かない
ここが実務者ほど取り違えるところです。商法4条1項は商人を「自己の名をもって商行為をすることを業とする者」と定義しています。では職人の仕事は商行為か。商法502条5号は「作業又は労務の請負」を営業的商行為に挙げています。請負で受けているなら、ここに入ります。
問題は502条の柱書に付いたただし書です。「ただし、専ら賃金を得る目的で物を製造し、又は労務に従事する者の行為は、この限りでない」。
常用(人工出し)で、日当をもらって現場に入る形は、このただし書に近づきます。手間請けや材工で仕事を完成させて請負代金を受け取る形は、5号の側です。同じ人が、相手によって行ったり来たりします。常用と手間請けの違いは契約書を交わさずに受けた工事はどうなるかで民法632条から整理しています。
ではどう構えるか。自分がどちら側か分からないときは、返事を出すほうに倒してください。出しておけば509条2項は動きません。出さない判断だけが、法律の評価に賭けることになります。

「その条件なら受けられます」は、断りになる
もうひとつ誤解が多いのがこれです。民法528条。
承諾者が、申込みに条件を付し、その他変更を加えてこれを承諾したときは、その申込みの拒絶とともに新たな申込みをしたものとみなす
「来週月曜からは無理ですが、水曜からなら3日いけます」は、法律上は断ったうえで、こちらから申し込んだ扱いになります。つまり相手が承諾するまで、何も決まっていません。「条件付きで受けておいた」つもりで日程を空けると、両方から流れることがあります。
関連する条文を3つ並べておきます。
- 民法523条:承諾の期間を定めてした申込みは撤回できない。期間内に承諾の通知を受けなかったときは、その申込みは効力を失う
- 民法524条:申込者は、遅延した承諾を新たな申込みとみなすことができる。「できる」なので、みなさない自由も相手にあります
- 民法525条2項・3項:対話者(電話や対面)への申込みは、対話が継続している間はいつでも撤回でき、対話中に承諾の通知を受けなければ効力を失う。電話で「考えます」と切った時点で、その話は一度消えています
そして民法527条。取引上の慣習により承諾の通知を必要としない場合には、契約は承諾の意思表示と認めるべき事実があった時に成立します。返事をしないまま月曜の朝に現場へ入れば、そこで成立します。行くか行かないかは、返事より強い意思表示です。
では、何日以内に返事を出せばいいのか?
509条1項の言葉は「遅滞なく」です。日数は書かれていません。建設業法にも、この場面の日数を定めた条文はありません。条文が決めていない以上、決めるのは自分の運用です。
現実的な線として、次の形をおすすめします。
- 受けた日のうちに、一次返信だけ出す。「○月○日までに諾否をお返しします」と期限だけ書く。これで509条1項の通知としては動き出します
- 期限は48時間以内に置く。相手も次を当たる時間が要ります。長く待たせるほど、次に声がかからなくなります
- 断るときは、理由より先に「受けられません」を書く。理由を先に長く書くと、交渉の余地があると読まれます
- 断ったあとに、動ける日を1つだけ添える。528条の新たな申込みとして残ります
回すときに越えてはいけない線
断る代わりに知り合いへ回す人は多いはずです。ここには2つの線があります。
ひとつは、いったん自分が請けてから丸ごと他人に出す形です。建設業法22条の一括下請負にあたり、出した側も受けた側も処分の対象になります。詳しくは一人親方がハウスメーカーの下請けに入る前にに書きました。
もうひとつは、人を紹介して手数料を受け取る形です。職業安定法の区分に入ると、建設業務では有料職業紹介そのものが禁じられています。区分の話は一人親方が使う仕事サイトと求人サイトの違いにまとめました。
安全なのは「この人が空いています。あとは直接どうぞ」で自分が抜けることです。間に立って金額が通ると、扱いが変わります。
都合の悪いことも書いておきます
断り方をどれだけ整えても、断れば次の声は減ります。減らさない方法はありません。減り方を小さくできるだけです。そのために効くのは言い回しではなく、返事の速さと、次に動ける日を示すことの2つでした。
なお、ここで挙げた条文がどの取引に当てはまるかは、契約の形(請負か常用か)と取引の実態で変わります。金額が大きい案件や、すでに揉めている案件は、弁護士や建設業の窓口に確認してください。待たされる側の事情は入居申込から契約まで何日かかるのかにも出てきます。
まとめ|重なった日にやる3つ
- その日のうちに、期限を書いた一次返信を出す(商法509条1項の通知を動かす)
- 条件を変えて返すなら、それは断りだと理解して日程を空けない(民法528条)
- 回すときは間に立たない(建設業法22条・職業安定法の区分)
断り方の言い回しで迷っているなら、仕事を探している職人の掲示板に実例が集まっています。


