見習いが親方の言葉をきついと感じたとき|指導とパワハラを分ける3つの要素
「他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと」。これは感想文ではなく、国が出した指針に「パワーハラスメントに該当すると考えられる例」として書かれている一文です。同じ指針には「遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して一定程度強く注意をすること」が、該当しない例として並んでいます。どちらも現場で見る風景です。
結論からお伝えすると、指導とパワハラを分ける線は「言い方が優しいかきついか」ではありません。①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③就業環境が害される——この3つが全部そろったものだけが、法律上のパワーハラスメントです(令和2年厚生労働省告示第5号)。逆に言えば、きつい言葉でも3つがそろわなければ該当しません。ここを知らないまま「これはパワハラだ」「これは指導だ」と言い合っても、話は前に進みません。
※この記事は2026年8月24日時点の条文・指針・統計に基づく一般的な整理です。個別の事案の判断は、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)または総合労働相談コーナーへご相談ください。

指導とパワハラを分ける3つの要素
根拠は労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)第30条の2第1項と、その指針です。指針は「①から③までの要素を全て満たすものをいう」と書いたうえで、こう続けています。
「なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しない。」
①「優越的な関係を背景とした」は上司だけの話ではない
指針が挙げているのは次の3つです。
- 職務上の地位が上位の者による言動
- 同僚または部下による言動で、その人が業務上必要な知識や豊富な経験を持っており、その人の協力を得なければ業務が円滑に進まないもの
- 同僚または部下からの集団による行為で、抵抗または拒絶することが困難なもの
2つ目が現場に効きます。役職のない先輩職人でも、その人しかその納まりを知らない、その人に段取りを聞かないと進まない——その状況は「優越的な関係」に入り得るという整理です。「親方じゃないから関係ない」は成り立ちません。
②「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」の中身
指針は「社会通念に照らし、当該言動が明らかに業務上必要性がない、又はその態様が相当でないもの」とし、例として次を挙げています。
- 業務上明らかに必要性のない言動
- 業務の目的を大きく逸脱した言動
- 業務を遂行するための手段として不適当な言動
- 行為の回数、行為者の数など、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動
4つ目は「1回か、繰り返しか」「1人か、囲まれたか」で線が動くという意味です。そして判断にあたっては、目的、経緯や状況、業種・業態、業務の内容と性質、態様・頻度・継続性、受けた側の属性や心身の状況、行為者との関係性を総合的に考慮するとされています。
ここは都合の悪いことも書いておきます。総合的に考慮する要素の中に「当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度」が明記されています。さらに「労働者の行動が問題となる場合は、その内容・程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係性が重要な要素となる」とも書かれています。危険な作業をやめろと何度言われても直さなかった、という経緯があれば、強い言い方の評価はその分変わります。
③「就業環境が害される」は平均で見る
指針は「身体的又は精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等、就業する上で看過できない程度の支障が生じること」と定義し、判断の基準を「平均的な労働者の感じ方」としています。本人がどれだけつらいかだけでも、行為者がどう思っていたかだけでも決まりません。
該当する例と、該当しない例
指針は代表的な言動を6つの類型に分け、それぞれに「該当すると考えられる例」と「該当しないと考えられる例」を並べています。現場で問題になりやすい2つを原文から引きます。
精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
- 該当する例:人格を否定するような言動/業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと/他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと
- 該当しない例:遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意しても改善されない人に対して一定程度強く注意をすること/その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った人に対して一定程度強く注意をすること
過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
- 該当する例:新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること/業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること
- 該当しない例:育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること
身体的な攻撃では「殴打、足蹴りを行うこと」「相手に物を投げつけること」が該当する例、「誤ってぶつかること」が該当しない例です。指針は「次の例は限定列挙ではない」とも書いています。表に無いから安全、という読み方はできません。
現場は「職場」に入るのか?
入ります。指針は「職場」を次のように定義しています。
「事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指し、当該労働者が通常就業している場所以外の場所であっても、当該労働者が業務を遂行する場所については、『職場』に含まれる。」
会社の事務所だけが職場ではありません。他社の現場、資材屋、移動中の車内——業務を遂行している場所は職場です。「現場でのことだから」「事務所の外だから」という区別は、この定義には出てきません。
「小さい会社は関係ない」は2022年で終わっている
相談体制の整備などの措置は、法律で事業主に義務づけられています。中小企業についても、厚生労働省のリーフレットにこう書かれています。
「中小企業に対する職場のパワーハラスメント防止措置は、令和4年4月1日から義務化されます(令和4年3月31日までは努力義務)。」(出典:厚生労働省「労働施策総合推進法に基づく『パワーハラスメント防止措置』が中小企業の事業主にも義務化されます!」)
職人5人の会社でも、相談窓口を決めて周知することは努力目標ではなく義務です。加えて法第30条の2第2項は、相談したこと等を理由に解雇その他不利益な取扱いをしてはならないと定めています。なお、この指針は令和8年10月1日から適用される改正版が既に公表されており、根拠条文の番号が法第30条の2から法第31条へ振り替わります。条文番号を人に示すときは、どちらの時点の話かを添えると混乱しません。
数字はどれくらいあるのか
ここは報道と実際がずれやすいところなので、出所を分けて書きます。
厚生労働省「令和7年度個別労働紛争解決制度の施行状況」(令和8年7月7日公表)では、総合労働相談件数が119万8,010件で18年連続100万件超え。民事上の個別労働関係紛争の相談内容は「いじめ・嫌がらせ」が55,614件(前年度比1.1%増)で14年連続最多、2位が自己都合退職38,386件、3位が労働条件の引き下げ33,368件です。
ただし、この55,614件は法律上のパワーハラスメントを除いた数字です。同じ資料の注記に、令和4年4月の改正法全面施行に伴い、法に規定するパワハラの相談は法に基づき対応されるため「民事上の個別労働関係紛争(のいじめ・嫌がらせ)」には計上されていないと明記されています。
では法に基づく相談は何件あるのか。厚生労働省「令和7年度雇用環境・均等部(室)における雇用均等関係法令の施行状況」によると、労働施策総合推進法(パワーハラスメント関係)の相談件数は80,969件(前年度比11.2%増)。雇用管理の実態把握を行った3,034事業所のうち1,714事業所に2,525件の是正指導が行われ、労働局長による紛争解決の援助申立受理が1,675件、調停申請受理が692件です。
つまり「いじめ・嫌がらせは5万5千件」という数字だけを見ると、実態の半分以下しか見ていないことになります。合わせれば13万件を超えます。
独立してからも同じ問題が残る
雇われている間の話だけではありません。令和6年11月1日に施行されたフリーランス・事業者間取引適正化等法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)第14条第1項第3号は、発注者側に対し、取引上の優越的な関係を背景とした言動であって業務を遂行する上で必要かつ相当な範囲を超えたものにより就業環境を害することのないよう、相談に応じ適切に対応するための体制整備などの措置を義務づけています。同条第2項では、相談したことを理由に契約を解除するなどの不利益な取扱いを禁じています。
そして、この法律の相談でいちばん多い中身が「ハラスメント対策に係る体制整備」です。令和7年度の相談件数は2,687件、申出受理は291件で、申出の内容別でもハラスメント対策に係る体制整備が最多。2,002事業所に5,555件の是正指導が行われています(同上)。金額や支払いの話が一番多いと思われがちですが、そうではありませんでした。
さらにパワハラ指針そのものにも、雇っていない相手への言動について書かれた節があります。事業主は、自社の労働者が「他の事業主が雇用する労働者及び求職者」だけでなく「個人事業主、インターンシップを行っている者等の労働者以外の者」に対する言動についても必要な注意を払うよう配慮することが望ましい、そうした人から相談があった場合には必要に応じて適切な対応を行うよう努めることが望ましい、とされています。応援で入った他社の現場で言われた場合も、その現場の会社にとって「知らない」で済む話ではない、という位置づけです。

言われたときに、何から動くか
- その日のうちに記録する。 日付・時刻・場所(現場名)・言われた言葉をそのまま・誰がその場にいたか。あとから思い出して書くと、必ず言葉が丸くなります。スマホのメモで十分です
- 回数と人数を数える。 指針が態様や手段の判断要素として挙げているのは回数と行為者の数です。「いつもきつい」ではなく「今月4回」と書けるようにします
- 社内の相談先を確認する。 相談窓口を定めて周知することは事業主の義務です。誰に言えばよいか分からない状態そのものが、措置ができていないサインです
- 外の窓口を使う。 都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)、各労働局・労働基準監督署内の総合労働相談コーナー。無料で、相談したことを理由にした不利益な取扱いは法律で禁じられています。援助や調停の申立ても実際に年1,675件・692件動いています
- 辞めるかどうかは最後に考える。 順番を逆にすると、記録も相談もないまま職場だけ変わって同じことが起きます
逆の立場も1つ。自分が下に教える番になったとき、指針の「該当しない例」は逃げ道ではなく作法として使えます。人格ではなく行動を指摘する、他の職人の前で繰り返さない、必要な教育をしないまま到底できない量を課さない。この3つを外すだけで、線を越える確率はかなり下がります。若手に教える側の順番は若手職人を育てるとき、最初に教えることにまとめています。
入る会社を選ぶ段階で見分ける材料は未経験者が職人の修行先を選ぶとき|入ってはいけない会社の見分け方6つと未経験で内装の会社を選ぶときの3点に、聞き方そのものは見習い職人の質問のしかたに、続けるか辞めるかの判断材料は職人をやめるか続けるか、判断の材料にあります。辞める手順そのものは職人が会社を辞める前に済ませる5つを参照してください。
なお、心身の不調が出ている場合は、線引きの議論より先に医師に相談してください。パワハラに当たるかどうかの判断と、体を守ることは別の問題です。
同じ現場で同じことを言われた人は、たいてい何人もいます。職人の相談・雑談の掲示板で、どこまでが普通でどこからがおかしいのか、他の人の線を聞いてみてください。


