一人親方と個人事業主は何が違うのか|「一人親方」は労災保険法の条文に出てこない
元請けの担当者からは「一人親方さん」と呼ばれ、税務署の窓口では「個人事業主の方ですね」と言われ、送られてきた契約書には「特定受託事業者」と印字されている。安全書類には「個人事業者等」の欄がある。全部、同じ自分のことを指しています。
結論からお伝えすると、これらは同じ人を、別々の法律が別々の呼び方をしているだけです。ただし呼び名が変わると、守ってくれる制度と、こちらに課される義務も一緒に変わります。呼び名の違いではなく、「いまどの法律の話をしているか」を見分けられれば実務で困りません。
「一人親方」は、労災保険法の条文に一度も出てこない
いちばん驚かれるところから書きます。労働者災害補償保険法の条文を最初から最後まで読んでも、「一人親方」という言葉は1か所も出てきません。
特別加入の対象を定めた同法33条3号は、こう書いてあるだけです。
厚生労働省令で定める種類の事業を労働者を使用しないで行うことを常態とする者
その「厚生労働省令で定める種類の事業」が、労働者災害補償保険法施行規則46条の17に並んでいます。2号がこれです。
土木、建築その他の工作物の建設、改造、保存、原状回復、修理、変更、破壊若しくは解体又はその準備の事業
原状回復が条文に名指しで入っています。空室の内装を請けている人は、ここに真正面から当たります。
労働安全衛生法も同じで、「一人親方」の語はありません。代わりに31条の3が「個人事業者(事業を行う者で、労働者を使用しないものをいう。)」と定義しています。つまり法律側の言い方は一貫して「労働者を使用しないで事業を行う者」で、「一人親方」は現場と行政の窓口で使われている通称だということです。

4つの呼び名は、どの法律のものか
整理すると次のようになります。
- 個人事業主=税の話。開業届を出して事業所得を申告する立場。書類の正式名称は令和8年1月1日から「個人事業の開廃業等届出書」に変わりました(独立する時期は何月がいいかで詳しく書いています)
- 一人親方=労災保険の特別加入の区分の通称。根拠は労災保険法33条3号と施行規則46条の17
- 特定受託事業者=取引の話。いわゆるフリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)2条1項1号が「個人であって、従業員を使用しないもの」と定義しています
- 個人事業者=安全衛生の話。労働安全衛生法31条の3の定義
面白いのは、この4つが同じ「従業員を使わない」という1点でつながっていることです。逆に言えば、人を雇った瞬間に、4つとも扱いが変わり始めます。
人を雇うと「一人親方」ではなくなるのか?
労災保険についていえば、入口が変わります。
労働者を使う側になると、該当するのは33条3号ではなく1号の中小事業主です。その人数の線引きは労災保険法施行規則46条の16にあり、建設業は常時300人以下(金融業・保険業・不動産業・小売業は50人、卸売業・サービス業は100人)と定められています。300人までは「中小事業主」の枠に入る、ということです。
そして加入の手続きも別物です。
- 一人親方の特別加入=同法35条1項により、一人親方等の団体が国に申請し、承認を受ける形。個人で直接は加入できません
- 中小事業主の特別加入=同法33条1号の条文自体に「労働保険事務組合に労働保険事務の処理を委託するものである者」と書かれています。事務組合への委託が加入の条件です
ここは実務でつまずきやすいところです。人を1人雇い入れたのに一人親方の団体に入りっぱなしだと、想定と違う扱いになる可能性があります。ただし「労働者を使用しないことを常態とする」に当たるかどうかは、雇い方や日数によって個別に判断されます。自分で結論を出さず、所轄の労働基準監督署か都道府県労働局に確認してください。

呼び名が変わると、何が変わるのか
実務に効くところだけ挙げます。
- ケガの補償。一人親方は特別加入していなければ、現場でケガをしても労災保険からは出ません。加入していても出るのは自分のケガの分で、壊した物の賠償は別です(賠償の備え/労災保険の特別加入)
- 健康保険と年金。厚生年金と協会けんぽの被保険者ではなくなり、国民健康保険(または建設国保)と国民年金になります(一人親方の社会保険)
- 元請けに出す書類。安全書類では労働者か個人事業者かで様式の欄が変わります。建設キャリアアップシステムでも、一人親方は事業者登録の区分が別に用意されています(CCUSに登録すべきか)
- 取引のルール。フリーランス法の対象になると、発注側に取引条件の明示や報酬の支払期日などの義務がかかります。ここは「一人親方だから」ではなく「従業員を使用していないから」で決まります
まとめ
- 労災保険法にも労働安全衛生法にも「一人親方」という語はない。条文は「労働者を使用しないで事業を行う者」
- 労災保険法施行規則46条の17第2号には、原状回復が名指しで入っている
- 個人事業主=税/一人親方=労災/特定受託事業者=取引/個人事業者=安全衛生。共通点は「従業員を使わない」の1点
- 人を雇うと労災の入口が変わる。建設業の中小事業主の線は常時300人以下(施行規則46条の16)
- 一人親方は団体経由、中小事業主は労働保険事務組合への委託が加入の条件
税・保険・許認可の扱いは、働き方や契約の実態によって判断が変わります。この記事は条文の書き方を並べたもので、個別の当てはめまでは示していません。ご自身のケースは、税務署・所轄の労働基準監督署・都道府県労働局や、税理士・社会保険労務士にご確認ください。
同じところで迷った人の書き込みは相談・雑談の掲示板にあります。「事務組合に入るべきか」「団体はどこを選んだか」といった話は、名前を出さずに聞けます。
出典:労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)33条・35条、同法施行規則(昭和30年労働省令第22号)46条の16・46条の17、労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)31条の3、特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(令和5年法律第25号)2条(いずれもe-Gov法令検索の現行条文・2026年8月21日確認)


