一人親方が単価交渉に使う材料の集め方|「人手不足だから」が通らない理由
「人手が足りないので、来月から単価を上げてもらえませんか」。電話でそう言うと、「うちも厳しいんですよ、他も上げてないので」と返ってくる。会話は3分で終わり、次の現場の話に移る。翌月も単価は同じままです。
結論からお伝えすると、単価交渉が通らないのは言い方ではなく持っていく材料です。そして「人手不足だから」は、いま国が出している数字ではむしろ弱い材料になっています。元請けは同じ数字を見ているので、そこを突かれると一発で終わります。この記事では、2026年8月12日時点で公表されている数字のうち、交渉に使えるものと使えないものを分けて整理します。
「人手不足だから」はなぜ通らないのか
国土交通省が2026年7月27日に公表した建設労働需給調査結果(令和8年6月分調査)によると、全国8職種の過不足率は1.0%の不足でした。前月(5月)の1.2%の不足から0.2ポイント、前年同月の1.1%の不足から0.1ポイント、いずれも不足幅が縮んでいます。さらに8月・9月の労働者の確保に関する見通しは「普通」と回答されています。
職種別・地域別に見ると、話はもっと細かくなります。
- 鉄筋工(建築)は1.9%の「過剰」。 不足どころか余っている職種があります
- 不足が大きいのは配管工の2.7%、型わく工(建築)の2.1%。 同じ建設業でも職種で開きます
- 地域も一様ではありません。 関東は1.3%の不足ですが、北陸は0.9%の過剰、沖縄は0.0%で均衡です
「業界全体が人手不足」という前提で交渉すると、この数字を1つ出されただけで足元が崩れます。1.0%という数字は、感覚的な「人がいない」とはかなり違う印象を与えます。
そもそも自分の職種が入っていないことがある
ここがいちばん大事なところです。この調査の対象は8職種で、内訳は型わく工(土木)・型わく工(建築)・左官・とび工・鉄筋工(土木)・鉄筋工(建築)の6職種に、電工・配管工を加えたものです。
つまり、内装仕上げ(クロス・床)・大工・塗装は、この8職種に入っていません。内装の職人が「国の調査でも人手不足と出ています」と言うと、自分の職種の数字ではないものを根拠にしたことになります。数字を使うときは、その数字が誰を数えたものかを先に確認する。これは交渉の場で立場を守るための最低条件です。

材料1:自分の歩掛と、現場ごとの条件差
いちばん強く、いちばん反論されにくい材料は、外部の統計ではなく自分の記録です。
- 1日に何㎡できたかを現場ごとに残す(クロスなら1人1日あたりの施工面積)
- その現場の条件を横に書く。階数とエレベーターの有無、駐車場が使えたか、電気と水が生きていたか、荷揚げの距離、他職と重なったか、下地の状態
これが3か月分たまると、「この元請けの現場は、他より1日あたり2割落ちる」という形で数字で言えるようになります。単価を上げてほしいという話ではなく、「同じ単価だと条件の悪い現場だけ割に合わない」という事実の報告になるので、相手も反論する対象がありません。人工単価に何が含まれているかは人工単価の相場と計算方法で整理しています。
材料2:国が公表している労務費の基準値
2026年から、国が職種別・都道府県別に労務費の基準値を示すようになりました。埼玉県の壁装(クロス)は1㎡870円です(令和8年改定の積算基準)。
ただし、この金額はそのまま工事単価と比べられません。870円に含まれていないものを並べます。
- 材料費(クロス本体・のり)
- 既存クロスのめくり(剥がし)と廃材処分
- 下地処理・素地ごしらえ・シーラー
- 法定福利費・諸経費・利益・時間外割増
加えて、基準値が想定しているのは官庁施設の新築で、剥がす作業がありません。原状回復は「めくる→整える→くっつきやすくする→張る」の工程が丸ごと乗るので、同じ張り作業として並べると必ず安く見えます。この基準値を断りの材料としてどう使うかは一人親方が「安いだけの仕事」を断るときの伝え方にまとめました。
材料3:資材と物価の公表値(ただし「全部上がっている」は誤り)
材料費を理由にするなら、公表値を見てから言うほうが安全です。同じ2026年7月27日公表の主要建設資材需給・価格動向調査(令和8年7月1〜5日現在)では、7資材13品目のうち「やや上昇」はアスファルト合材(新材・再生材)・異形棒鋼・H形鋼・木材(型枠用合板)の4品目で、それ以外は「横ばい」でした。需給は全ての調査対象資材で「均衡」、在庫も「普通」です。
ここでも「資材が全部上がって、物も足りない」と言うと崩されます。自分が使う材料が上がったかどうかを、品目で言うのが正しい使い方です。日本銀行の企業物価指数は毎月中旬に更新され(次回は2026年8月13日公表予定)、品目別に前年同月比が確認できます。転嫁の伝え方は一人親方が材料費の値上がり分を単価に乗せる伝え方のとおりです。
材料4:自分の単価表
「いくらなら受けるのか」を先に決めていないと、交渉は値引きの話にしかなりません。目安として、量産クロス(賃貸の原状回復)の手間請けは1㎡500円が下限で、条件が悪い現場ならこれ以上を求めてよい水準です。応援で他社の現場に入る場合は1日25,000円程度が標準で、複数の工種をこなせる多能工なら1日40,000円、またはそれ以上になります。
この幅を自分の中に持っておくと、「下げてほしい」に対して条件で返せます。単価がどう決まるかは手間請けの単価はどう決まるかを参考にしてください。

数字を出すと、関係が悪くなりませんか?
順番を守れば、まず悪くなりません。悪くなるのは金額の話から入ったときです。
- 範囲をそろえる。 手間請けか材工か、めくりは含むか、下地処理は含むか、ゴミ処理は誰が持つか。この4つがずれていると、単価の高い安いは比べられません(見積もりを出す前に決める4つ)
- 事実を出す。 自分の記録した歩掛と条件差。ここまでは金額の話をしません
- 最後に金額。 「この条件なら〇〇円でお願いしたい」と1つだけ出します
1と2を飛ばして3から入ると、「他も上げていない」で終わります。逆に1と2があると、単価が動かなくても条件が動くことがあります(駐車場代の負担、荷揚げの応援、工期の延長)。実入りで見れば、条件が動くのも値上げと同じです。
まとめ
使える材料は、自分の歩掛・公表された基準値・品目別の資材動向・自分の単価表の4つです。「人手不足だから」は、2026年8月12日時点の公表値では材料になりません。数字を持っていくときは、その数字が誰を数えたもので、何を含んでいないかを必ず一緒に確認してください。
なお、取引条件の是非や、著しく低い価格での見積り依頼にあたるかどうかの判断は、一般的には個別の事情によります。困ったときの相談先としては、公正取引委員会、中小企業庁の下請かけこみ寺、国土交通省の地方整備局、都道府県の建設業担当課などの公的な窓口があります。判断に迷う内容は、これらの窓口や専門家に確認してください。
同じ職種の人が実際にどう切り出しているかは、「相談・雑談」の掲示板で聞くことができます。使い方はハンターズガイドにあります。


